高那崎での凧揚げ、次回は……
今回の(人が行ける)最南端の地、高那崎での凧揚げ会は、高那崎・凧揚げ隊の会長を務めていただいているmishikoiさんのご尽力により実現しました。mishikoiさんそして家族のみなさんありがとうございました。
あいにくmishikoiさんは空港業務のため、原付バイクで駆けつけた時には終わっていましたが。
またやりましょう。次回はmishikoiさんの巨大凧をもって。
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今回の(人が行ける)最南端の地、高那崎での凧揚げ会は、高那崎・凧揚げ隊の会長を務めていただいているmishikoiさんのご尽力により実現しました。mishikoiさんそして家族のみなさんありがとうございました。
あいにくmishikoiさんは空港業務のため、原付バイクで駆けつけた時には終わっていましたが。
またやりましょう。次回はmishikoiさんの巨大凧をもって。
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八丈島のどん詰まりある末吉、そこから断崖下に広がる汐間海岸はサーフスポットである。下は砂地でなくリーフであるため、ボードからソフトランディングできないと血塗れになる。
ここに集まるサーファーたちは相当は熟練者である。さすが、いい波が押し寄せる。思わず、見とれてしまった。
しかし、海岸間際の風は極端に変化するので、凧揚げにはふさわしくないなどと納得させて、「絶景浴」へ。
集落の高台にある温泉施設「みはらしの湯」に向かう。この露天風呂で(裸で)、凧を揚げたら気持ちいいことだろう。
そして中之郷、宿近くにある藍ヶ江港 での夕陽。一度、今年3月、バイオカイト300メートルを達成したのがここだ。
ここにできた足湯「きらめき」からの眺めは完璧である。太平洋を一望、晴れていれば“絶海の孤島”と呼ぶしかない青ヶ島が見える。足湯など、面白半分で浸かっていたのだが、ここでは眺めがいいため15分、20分と浸かっていることができる。足がことのほか温まり全身がポカポカ状態、汗をかくのは初めての体験だった。
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波照間、竹富、与那国など八重山の風を浴びた年季の入ったマイカイトを揚げるのは、Oさん。埼玉からの参加。 つい前日、八重山(竹富島)から戻ったばかり。
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日本の最南端、波照間島で凧を揚げようということで結成された「高那崎凧揚げ隊」の八丈島合宿が行われることになりました。10/13日(土)~10/14日(日)
参加希望の隊員あるいは、凧揚げをしたい方、温泉に浸かりたい方、島焼酎と島すし・さかなを味わいたい方など、関心ある方は連絡ください。詳細はメールします。
本文と写真はまったく関係ありません。八丈島ポータルサイト
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「……(^_^)ちなみに左の3人は知らない旅人です。」
「凧上げの素晴らしさをたたき込みました~!」(オカピーさん)とのこと。
写真右に写る黄色のTシャツ姿が、高那崎・凧揚げ隊、会員番号○○○○の本人。 「マイ凧」持参して波照間島へ。9月初旬の高那崎。
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相変わらず……と、言われてしまえばそれまでだが、日本最西端の地、西崎灯台わきで凧を揚げる。西へ、台湾の方角へ。なにせ島の西側このあたりは台湾の防空識別圏、台湾空軍機がスクランブル発進するかもしれない。
写真は徳島からバイクで来たTニイニイ、フェリーよなくにが欠航続きで2週間ほど閉じ込められていました。
波照間から石垣に着くと、いつも行く場所は決まっている。旧・離島桟橋と離島ターミナルの間にある「マルハ鮮魚」である。ここでキンキンに冷えた生ビールを飲むことが習慣になってしまった。
波照間島で知り合って、帰りの船が一緒だった3人で、生還を祝って乾杯。
持ち帰ったオオタニワタリを天ぷらにしてもらい、つまみにした。(マルハ鮮魚さま、本当にありがとうございました)
ビールがすすむと、どうしてもこの離島桟橋で凧が揚げたくなった。島で揚げたりなかったのだ。
波照間で揚げるために準備してきた700メートルの凧糸は、せいぜい150メートルを繰り出せただけだった。波照間仲間に手伝ってもらう。
凧を取り出すと海風を拾い、スルスルと上昇していくではないか。方角はほぼ真北。美崎町、石垣市役所のある方向だ。
上昇角は、校庭で揚げたときより大きいものの、60度に満たない。しかし、あれよあれよという間に、巻かれた凧糸300メートルを使い切っていた。
気がつくと周囲に数人のギャラリーがいるではないか。マルハ鮮魚の主人とお孫さんの姿も。
凧用リール付きロッドをお孫さんに渡しすと、さすが海人である。ロッド、リールの扱い方は、僕よりはるかに上手い。
その後、マルハ鮮魚のご主人も。お孫さんより、もっと上手かった。思わずうなってしまった。
=追記=このあと僕は、凧の回収に失敗したことを記しておこう。酷使したため糸が傷んでいたのだろう、100メートルほど糸を巻いたあとで、凧糸は切れて、凧は緩やかに落ちていった。(はたして、波照間のように揚がりぱなしにならなかったのは、よかったのか……)墜落地点は、美崎町にある大原ホテルのあたりだと思う。
さて、波照間島の子、ケンタくん。
ツバメ形のハイテク凧【写真上】を揚げていたケンタくんは、なんの拍子にか、糸巻きを手放してしまった。
糸巻きは風に飛ばされ、校庭を舞い、校庭裏の20メートルほどの高さにある電線に引っかかって停まった。
しかし、凧は何事もなかったかのように、悠然と飛び続けている。事故があってはいけないということで、なんとか糸巻きを電線から落下させることに成功。
切れたはずの糸は、ふたたび何かに引っかかり、凧は空を舞い続けた。
万が一の事故を考えたらきりがない。
鉄塔に絡み島の携帯電話網が麻痺したり、凧への落雷による全島の停電、凧によるRAC波照間便の運航妨害、レーダーが波照間島上空に旋回する国籍不明の飛行物体を捉えて航空自衛隊・那覇基地から邀撃戦闘機F-4JE改がスクランブル発進していたらどうしよう……。そうだ、波照間島の南はフィリピンだし、西は台湾ではないか、国境に近い。島の子供、ケンタくんが逃がしてしまった凧がきっかけとなって国際紛争に発展……。
妄想はいくらでもふくらむ。
翌朝、港に向かう途中、空を見たらまだ飛び続けているではないか。場所は波照間交番の真向かいのサトウキビ畑の上空だ。駐在さん、気づいたかなあ。
もちろん、すべて杞憂に終わった。大事件にならなくてよかった。落ち込んでいたケンタくん、元気になったかな。
【写真下】下ろせなくなった凧は電柱とauの鉄塔の間の上あたりにいる。その後、凧は2晩揚がりつづけた後、消えていたという。「近辺を探したが凧を発見できなかった」(mishikoiさん談)。
※たぶん凧はパイパティローマ(南波照間)に飛んで行ったのだ。
==追記、5月10日==校庭で凧揚げをした夜、揚がりぱなしになっている凧の心配をよそに、mishikoiさん宅で打ち上げが催され、その席で「波照間島高那崎・凧揚げ隊(略称・高那崎・凧揚げ隊)」が正式に結成されることとなりました。そして高那崎・凧揚げ隊の会長には、mishikoiさんが就任してくださることになりました。――以上、事後報告――
高那崎・凧揚げ隊に参加したい方は、当方yosakoiまで連絡ください。
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mishikoiさんの巨大凧を揚げるには二人は必要だ。だが、この日は難なく、風を拾い宙に舞いだした。
60度ほどの急な角度で、校庭の上空、波照間の空に張りついた。
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校庭での凧揚げの時刻、午後2時が迫った――。波照間小学校の校門前で記念撮影。校庭の使用許可はmishikoiさんがとってくれていた。mishikoiさんは再び、3メートルの大凧を揚げるという。
今回、ハイテク凧・白頭鷲の目標は、高度500メートル。60度の上昇角で、凧糸は600メートル必要だから用意してきたのだ。いざ、……。
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波照間島で揚げるために用意してきたのは、ハイテクカイト2機(ともに翼幅2メートル、高さ78センチ)とカイト用糸を巻くためのリール2台。
運ぶのが大変だった。カイトは折りたたみできるのでケースに入れて、飛行機内に手荷物として持ち込まなければならなかった。
そして、試験してみることにした。八丈島では、300メートルを達成しているのである。
最南端のここでは700メートルの糸をフルに使いきるのが目標だ。波照間の凧揚げ記録、いや波照間島のギネスに挑戦だ。
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