カテゴリー「沖縄・八重山/石垣・西表・竹富・小浜」の27件の記事

2009年9月15日 (火)

ブーゲンビリアに似ているが

竹富島の集落で見かけた花。ブーゲンビリアとはすこし違う。そばにいたオバァに花名を教えてもらったのだが、忘れてしまったthinkDscf6919

Dscf6922

八重山の項、これにて終わり。

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2009年9月14日 (月)

禁断の朝ビール

波照間から戻った翌日は竹富島へ。集落を抜けて、西桟橋をめざした。向いには西表島の島影が望める。Dscf6903
ここは竹富島に投宿後、夕方、夕陽を見に来るところだが、日帰りのため午前中に到着してしまった。
島の売店で購入した冷え冷えのビールを開けた。そう禁断の朝ビールである。
そしてツマミは、石垣牛の牛丼弁当。Dscf6913 この弁当あたりだった。

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2009年7月20日 (月)

石垣島1959

岡本太郎『沖縄文化論 忘れられた日本』(中央公論社版1961年、毎日出版文化賞受賞)
【旅の日程】1959(昭和34)年ころ
――<中略>――
 東京で聞いた話では、(注:那覇―石垣)飛行機の便があるから、石垣島に行くのは簡単だということだった。ところがまったく運のわるいことに、チャーター機の契約条件が折り合わず、ちょうど一週間前から飛んでいない。向う一ヵ月は駄目だという。そうなればどうしても船で行かなければならないのだが、これは大へんだ。順調に行ってまる一昼夜。ぎりぎりのスケジュールに、これはひどく痛い。ちょうど季節風の時期で、先島航路はもの凄く荒れる。つい先立っても十八日間、交通がとだえたそうだ。波まかせ、風まかせの航路。行きはよいよい、帰りがこわい。島流しになったっら、私の予定はめちゃくちゃになる。しかしこうなった以上、文字どおり乗りかけた船、覚悟をきめた。

――<中略>――
 この(注:石垣)港は浅くて、ちょっと大きな船は横づけできない。本船は二、三キロメートルも遠い沖あいに碇泊し、ハシケで上陸するのだ。真暗な海の向こうに黒くうずくまった島、そこに小さく町の灯が見える。
 ハシケはなかなか来ない。船はライトを港に向けて、根気よく合図している。かなり待った。

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2008年9月 5日 (金)

水納島

那覇から石垣への往路、伊良部島・下地島を過ぎたあたりからエアーネクストのB737-500型機は降下をはじめる。
多良間島の北にある水納島(みんなじま)が、こんなに大きく見えたは初めてだった。0008

間もなくベルトサインが点灯。

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2008年4月30日 (水)

石垣島トラアスロン大会

4月13日、石垣島ではトラアスロン大会が行われていた。2008_0414hateruma_265

そして夜は、くたくたに疲れ翌朝の便で戻り仕事に復帰するつもりだったのだが、美崎町あたりの民謡酒場をのぞいてみたら、つい入店してしまい、踊り狂うことになってしまった。八重山のヒトたち、踊りも唄も上手いうえ、ホントーに元気です! 初めていった「琉歌」という店、当たりでした。 2008_0414hateruma_276

翌日の飛行機のなかでは、ひたすら眠り続けたことはいうまでない。

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2007年10月 7日 (日)

『サウスバウンド』

「我が家は沖縄の西表島に引越すことにします! 誰もが歩む人生に、たいした価値があると思えないので、東京での生活を終わりにします
と、母親役の天海祐希が宣言する。もっと、ドスの利いた、迫力あるセリフを聞きたかった。――○○大学で「ジャンヌダルク」と呼ばれた元女子大生活動家、天海祐希にはムリがある。

父親役の豊川悦司は、“侵略者”琉球王府に立ち向かった八重山の英雄アカハチの子孫という設定。「プロレタリア」とか、「ブルジョア」とかいう言葉が懐かしい。それに、南波照間(パイパティローマ)伝説もでてくる。だから、思いのほか期待した。

さすが豊川悦司、元過激派行動隊長、アナーキストというのははまり役、そして長男役の田辺衆斗くんの演技が光る。なのに、天海の演技はめっちゃ下手くそ、表情に乏しい。

八重山・西表島が舞台なのに、子役のスケジュールからなのか、撮影地は沖縄本島の古宇利島と本部半島周辺だけ。リピーターでなくとも、八重山での撮影でないことが分かってしまうのは致命的である。海、空の青さがまるで違う。この角度だったら、伊是名島、伊平屋島の島影が見えないのはオカシイなどと、つい難癖をつけたくなる。もしかしたら、島影が見えない日に限って撮影していたのではないかと勘ぐりたくなるほど。これほどに舞台の「沖縄」が活きていない映画は珍しい。

期待しすぎたのがいけないのだろうが、沖縄より本土の開発地域を舞台にしたほうがよかったのでは……。バリケード封鎖、開発業者との立ち回りまではシンパシーを感じさせるものがある。さらに、南へ。

パイパティローマ(南波照間)伝説を彷彿させるエンディングにある南へ漕ぎ出すシーンには、そうとうな無理がある。とても、納得できない。
この映画の好き、嫌いは大きく分かれるだろう。

http://southbound-movie.com/

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2007年8月 1日 (水)

石垣のニンニク料理店

本日、石垣着。
GARLIC ILAND BUSSEで食事。おすすめ。明日、波照間へ渡ります。

【写真追加】2007_0805hateruma_10017

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2007年7月28日 (土)

発生、熱帯低気圧(TD)

熱帯低気圧aは、明日あたり台風(TS)になる。気になる……

http://www.jma.go.jp/jp/typh/ All00_2

存在地域/マリアナ諸島
中心位置/北緯 17度30分(17.5度)
東経/149度30分(149.5度)
進行方向/速さ 西南西 20km/h(10kt)
中心気圧/1002hPa
中心付近の最大風速/15m/s(30kt)
最大瞬間風速/23m/s(45kt)

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2007年6月27日 (水)

西表島、開発の残骸

西表島・Kaihatu_zanngai2004_0725 宇奈利崎にある廃墟「太陽の村」。

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2007年6月24日 (日)

梅雨明け記念、回想④

竹富島、西桟橋での夕日。Taketomi0718_0024

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2007年6月22日 (金)

梅雨明け記念、回想①

「ヤギ汁にしたら、美味そう~」と言っているのは誰でしょう。こんなカワイイ仔、かってに食べてはいけない(小浜島)。Kohamajima2005_0417200504

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2007年5月15日 (火)

もう一度、離島桟橋で―高那崎・凧揚げ隊(番外編)

波照間から石垣に着くと、いつも行く場所は決まっている。旧・離島桟橋と離島ターミナルの間にある「マルハ鮮魚」である。ここでキンキンに冷えた生ビールを飲むことが習慣になってしまった。

波照間島で知り合って、帰りの船が一緒だった3人で、生還を祝って乾杯。2007_04230202_1 持ち帰ったオオタニワタリを天ぷらにしてもらい、つまみにした。(マルハ鮮魚さま、本当にありがとうございました)

ビールがすすむと、どうしてもこの離島桟橋で凧が揚げたくなった。島で揚げたりなかったのだ。2007_04230221 波照間で揚げるために準備してきた700メートルの凧糸は、せいぜい150メートルを繰り出せただけだった。波照間仲間に手伝ってもらう。

凧を取り出すと海風を拾い、スルスルと上昇していくではないか。方角はほぼ真北。美崎町、石垣市役所のある方向だ。

上昇角は、校庭で揚げたときより大きいものの、60度に満たない。しかし、あれよあれよという間に、巻かれた凧糸300メートルを使い切っていた。2007_04230206

気がつくと周囲に数人のギャラリーがいるではないか。マルハ鮮魚の主人とお孫さんの姿も。

2007_04230211

凧用リール付きロッドをお孫さんに渡しすと、さすが海人である。ロッド、リールの扱い方は、僕よりはるかに上手い。2007_04230216

その後、マルハ鮮魚のご主人も。お孫さんより、もっと上手かった。思わずうなってしまった。

=追記=このあと僕は、凧の回収に失敗したことを記しておこう。酷使したため糸が傷んでいたのだろう、100メートルほど糸を巻いたあとで、凧糸は切れて、凧は緩やかに落ちていった。(はたして、波照間のように揚がりぱなしにならなかったのは、よかったのか……)墜落地点は、美崎町にある大原ホテルのあたりだと思う。

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2007年5月12日 (土)

羽休め

月曜日、波照間便の運航はない。アイランダーの休息日である。石垣空港、スーパードルフィンの脇で。2007_04230234

東京に戻って、夕方から仕事に復帰しなければ。

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2007年5月11日 (金)

サザンクロス3号、波照間行き?

石垣島の離島ターミナルにて。写真には左右端が写っていないが、運航案内の上から3番目を見てほしい。

行先・波照間、出航時刻・08:20、船舶会社・波照間海運、乗場・4、船名・サザンクロス3号、備考・船舶変更――と表示されている。2007_04230229

当然、サザンクロスは八重山観光フェリーの船名である。こんな運航形態があるんだ。チャーター便か、あるいはニュー波照間がドック入りでもしていたのだろうか。

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2007年5月10日 (木)

つい小浜島に

波照間から戻り、石垣で一泊して翌朝の飛行機で帰る予定だったが、つい小浜島に渡ってしまった。小浜発の1便に乗れば、那覇行きの便に十分間に合う。

定宿のテラスからは、ヨナラ水道を隔て西表島の大きな島影が望める。2007_04230224

八重山での最後の夕飯は、ガザミ料理。2007_04230222

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2007年4月15日 (日)

西表島はエビフライカレー!

エビフライカレーなど余程の事情がないかぎり注文することはない。このとき、なんでエビフライカレーだったのか思い出せない。これ絶品だった。写真右奥に浮かぶのが鳩間島。Iri10230005

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2007年2月 3日 (土)

エアーネクスト

Dscf1518本土からの石垣直行便がなくなった後、ANAのマイラーとしては、那覇-石垣間はぜひエアーネクスト(ANA系)が運航する機材に乗りたい。RACに劣らず、サービス精神が旺盛だ。機長自ら下に見える島の説明をえんえんしてくれたりする。

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2007年1月26日 (金)

石垣島ではタイ風焼き餃子

島料理に飽きると、このエスニックレストランのトムヤムクンを食いたくなる。大川にあるAsian Kitchen KAPI ( カ ピ )、東京で人気のあるエスニック料理屋にも勝る。はじめて注文したタイ風焼き餃子、絶品だった。Dscf2369           

http://www.yaima-well.net/kapi/

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2007年1月15日 (月)

新石垣空港

反対するために来たわけでない。新空港の建設地、「カラ岳周辺」とは、このあたりのことをいうのか。新石垣空港の詳細はこちらhttp://www.pref.okinawa.jp/shin-ishigaki/newishigaki/index.htmlImgp0269_2 【写真:のらさん】                                   

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2007年1月11日 (木)

エビそば食いに竹富島へ

竹富島にある食堂「やらぼ」のエビ入り野菜そば。絶品! エビの出汁が効き、野菜のしゃきしゃき感がたまらない。1杯1500円。船代を払っても、食べに行く価値あり。もちろん、わきにはオリオンの生ビールがふさわしい。Dscf2339_1

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2007年1月 8日 (月)

石垣島・御神崎、怨讐の断崖

強風の石垣島・御神崎。空気が乾燥していたためか、西表島、小浜島も見渡せた。倒れているのは死体でない。張り付いて写真を撮る断崖マニアである。うしろから近づくのは、女刑事の片平なぎさ役? この断崖で、難事件は解決されることになる。【写真上:のらさん】Imgp0235_4

この後、石垣の古本屋で以下の本を買って読んだが、登場人物が多すぎて、途中で投げ出した。はっきりいってまったくおもしろくない。

「西表 背徳の断崖」(梓林太郎著)

西表の密林で発見の死体は失踪中の男? 私立探偵・岩波をリーダーとする探検グループのメンバー真那津が、阪神大震災で母を亡くした少女・花をつれて神戸から帰京した。花の父親は妻子を捨てて石垣島へ愛人と出奔したらしい。沖縄へ飛んだ岩波だが、父親は三年前から再び失踪していた。彼の足取りを追って西表島へ渡った岩波たちは、島の密4408601160 林で男の白骨死体を発見。遺体は花の父親なのか? 彼の失踪の裏には何が…。

http://books.yahoo.co.jp/book_detail/30593349

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2006年8月29日 (火)

孤島のなかの“密室”、船浮

さいきんでは奥西表と呼ぶらしいが、この観光用の名称、好きになれない。

西表島にある船浮(ふなうき)という集落。ここ陸路がない。西表島・白浜港から5~6分で着いてしまうが、船で渡らなければならない。

イダの浜という、いつ行っても誰もいないきれいなビーチがある。

たとえば、最低海面気圧が910ヘクトパスカルという猛烈な台風が八重山地方を直撃、離島便は全便欠航、とうぜん船浮便も欠航という設定――。集落は密室である。ここで視察に訪れていたITベンチャーいのしし社長の惨殺死体が発見される。一番怪しいとされるライバル会社の社長は、そのとき女子大生と六本木で合コンをしていたという完璧なアリバイが…。そして次の殺人、那覇のカプセルホテルで幹部が暗殺される。謎が謎を生む密室(旅情)ミステリー… 撮影は沖縄本島から八重山へ、そして波照間島での壮絶なエンディング。=撮影好調、近日公開=

(僭越ながら鮎川哲也先生風な)タイトルをつけるとすれば『密室 南十字星』だろう。サブタイトルは――美人OLが最南端の温泉で見た血の惨劇――かな。土曜ワイド劇場にいかがか。

解決はぜひとも、波照間島の断崖、高那崎でしてもらいたい。もちろん主役は、“断崖の巨匠”船越英一郎でなくてはならない。女優は、柴咲コウか中谷美紀で。音楽は夏川りみだ。

提供は、JTA、琉銀DC、沖縄電力、オリオンビール、マックスバリューあたりか。安栄観光、八重山観光フェリーは撮影全面協力。

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2006年8月28日 (月)

西表島、旗色不鮮明

U(東証1部上場、銘柄番号7560)という会社が運営するニライカナイでなく、なかの「イ」を外したネーミングのリゾートホテル。

反対の仕方はいろいろある。

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2006年8月27日 (日)

鳩間島経由の上原行き安栄便

石垣発10時の西表島・上原行きの安栄便は、鳩間島を経由する。運航が始まったのは今年4月からで、鳩間島への日帰り観光が可能になった。

石垣10時発の便で渡り(鳩間到着は10時40分ころ)、(上原発16時30分)鳩間発16時40分に乗れば石垣に戻ることができる。

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鳩間島での停船時間は5分ほどだったが、間近に迫れたことだけで満足。

2006049_1

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2006年8月26日 (土)

離島桟橋には生ビール

石垣へ戻ったが、次の台風9号が迫る。予想進路は宮古島を直撃するコース。

石垣で1泊、様子をみることにする。宿はホテルハーバー石垣島。目の前が離島桟橋、1階には安栄観光が入る。波照間1便が出るか否かは、下に行けば確認できる。

“離島桟橋マニア”にはたまらない立地である。しかし、難点は港側の部屋が少ないことだ。港が見える部屋にこだわりたいなら隣にあるホテル・イーストチャイナシーだろう。少々、値が張るが…。

なんとも、工夫のないネーミングなのだろう。ともに直訳ではないか。沖縄らしくていいのかもしれない。

つけくわえておけば、ここは生ビールが似合う場所だ。

【写真中央Hのマークがあるのがホテルハーバー石垣島、その右がホテル・イーストチャイナシー】2006038

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2006年8月25日 (金)

みんな考えることは同じ、八重山商工正門前で

▼八重山商工1回戦突破後、正門前で記念撮影する大学生のグループ

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2006年4月18日 (火)

最南端、西表島温泉

1 カンピレーの滝にも、(陸路では行けない“密室”の集落)船浮の裏にあるイダの浜にも、炭鉱跡にも行ったし、海も飽きた…。さて、どうやって過そうか――。

西表島温泉(沖縄県竹富町)に浸かってみた。

はっきり言って良かった。

熱帯林に囲まれ、内湯からも露天からもマングローブが見える!

こんな景色が見られるのは、日本ではここだけだろう。内地(ヤマト)では、まず見ることはできない。

内湯が窓側(洗い場の方でなく)に溢れていたことなどから、たぶん循環系(加熱・加水・濾過)だろうが、塩素臭は感じられない。日帰り入浴料金1500円は高く感じるかもしれないが、この西表島温泉、かなり良心的な施設である。

西表島にある温泉なんて、という偏見をもっていた自分いたく反省するのでした。

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