カテゴリー「沖縄・八重山/波照間島(2006)」の82件の記事

2006年12月27日 (水)

離島(島を去るとき)

島を離れるとき、思うことはいつも同じだ。「また、来る!」 Dscf2252

安栄2便、波照間港12時50分発。珍しく西表大原を経由する船だった。Dscf2251_3

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2006年12月26日 (火)

長寿の心得

北部落のゲートボール場わき。周囲には長命草が茂る。Dscf2229

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2006年12月25日 (月)

新種、波照間馬?

与那国馬ならぬ波照間馬だと思ったが、愛玩用に飼われているのだとか。港からニシ浜荘を越えた右手の広場につながれていた。Dscf2249

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2006年12月24日 (日)

ゆんたく

Kネエネエの三線を聴きながら。達人とみた。素泊まりハウス美波のテラスで、撮影はまえさん。でも、何の話で盛り上がったんだっけ……Dscf7982_4

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2006年12月23日 (土)

日の入り

けっきょく2日とも雲に邪魔されたが…この日の日の入り時刻は17時55分ころ。
南部落から南に下った周回道路から。Dscf2212

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2006年12月22日 (金)

タイトルバックはここで

「Dr.コトー診療所 2007 波照間島編」のタイトルバックの撮影はこのあたりでお願いしたい。白衣のDr.コトーが乗った自転車が、島の周回道路を空港の方から高那崎側にゆっくり進んでいく(写真右手から左奥へ)。カメラは俯瞰シーンから、じょじょにDr.コトーに近づいていく……20061207049_3

【写真上:Gorooさん】ありがとうございました。

*昨日の「Dr.コトー診療所 2006」の最終回、見逃してしまった。はたして、どうなったのだろう??Dscf1396_3

そして、こんなにきれいな高那崎の断崖で、Dr.コトーにたたずんでもらえたらと思う。(写真はRACの午後便から撮影)

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2006年12月21日 (木)

送り凧

出航したのは13時15分発の石垣行き。「また、どこかで会えるさ~」Dscf7874_2

【写真:まえさん】

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2006年12月20日 (水)

お気に入りの場所――波照間空港南端

高那崎から島の周回道路が大きくカーブして波照間空港の滑走路が真正面に見えるこの場所。ここで何回写真を撮ったことか。
この日の午後便(RAC774便、16時05分発石垣行き)は、滑走路の北側から離陸を開始。写真は翼のライトを点け、アイランダー機が滑走を始めるところ。
RAC波照間便が休止になると、こんな光景も見られなくなる。Dscf2179_1

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2006年12月19日 (火)

RAC波照間便が休止に!

RAC石垣波照間線が来年11月に休止へ

八重山毎日新聞(2006年12月19日)

 琉球エアコミューター(RAC)は来年11月で石垣波照間線を休止する方針を固めた。波照間便に就航しているBN2B型機のパイロットが退職するのに合わせた措置で、同社は後継パイロットは養成しない方針。この問題で、大盛武町長は18日の12月定例町議会で、滑走路を1500メートルに延長したあとで運航を再開する方向で「(県とRACとの間で)覚書を結ぼうとしている」と述べた。西大舛高旬氏への答弁。ただ、波照間空港の滑走路延長整備計画は国の空港整備計画には盛り込まれておらず、滑走路延長がいつ実現できるかは不透明。住民生活を支えてきた航空路線は、再開時期が明示されないまま、「休止」となる。RAC以外の航空会社の動きに期待する声もある。(つづきは→)http://www.y-mainichi.co.jp/?action_article_show=1&article_id=6696

↑でも、自衛隊誘致や普天間基地の代替施設誘致はないんじゃないの…

琉球新報の記事は→

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-19805-storytopic-1.html

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2006年12月18日 (月)

波照間への携行食

概して沖縄のヒトは漬物にこだわりがないようだ。本当は浅漬け、糠漬けあたりも持ち込みたいのだが飛行機のなかに臭いがこもるので諦めて、紅生姜と梅干(ともに添加物なし)をパックに入れ携行することにしている。
そしてミニパックの醤油は、サシミ用。土佐、薩摩そして琉球といい南国の醤油は甘すぎる。
とくに赤だしのなめこ汁は、オリオンビールのつまみにお薦めだ(とくに塩分が枯渇する夏場には)。ぜひ、お試しください。2006_12180005_1

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2006年12月17日 (日)

RAC波照間便の存続を!

八重山毎日新聞12月17日の記事――。

来年3月に廃止の恐れ」と危機感
【波照間】波照間石垣間航空路線存続住民総決起大会が16日夜、波照間農村集落センターで開かれ、路線存続に向けた4項目のスローガンを採択した。大会の開催を呼び掛けた「波照間の未来を考える会」(登野盛恒会長)は18日午前、町役場で大盛武町長に会い、来年3月いっぱいで廃止のおそれが出ている同路線の存続を訴えることにしている。(続きはこちら↓)
http://www.y-mainichi.co.jp/?action_article_show=1&article_id=6674Dscf2084

波照間空港で出発を待つアイランダーBN2はとてもかわいい。波照間空港、雷雨のため天候調査のあと、石垣から到着した機は30分の休憩の後、RAC772便となって引き返す。

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もう一度、高那崎で凧揚げを

Kite flying on the cliff of Takanazaki in Hateruma Island

Dscf7956_2 撮影はまえさん。

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2006年12月16日 (土)

シムスケー

島の北東部にある古井戸。
温泉マニアだからなのか、リン鉱山跡の池といい、どうも青い海より島の湧き水に反応してしまう。泉質は、湧出量は、そして含有物質は――鉱泉として使えないのだろうか、そんなことを考えてしまう。浸かってみたい。
周囲は野良ヤギだらけだった。Dscf2165

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2006年12月15日 (金)

Dr.コトーが波照間島に…(3)

波照間診療所の前で、写真に納まるDr.コトーとロケハンのスタッフ。Dscf2237_4

写真左から、AD役のオカピーさん(埼玉)、Dr.コトー役のTさん(福岡)、演出家役のcooheさん(神奈川)、現地コーディネータ役の○○さん(←名前聞き忘れました申し訳ありません、見ていたら連絡ください)

みなさん会心の演技でした。また、どこかの島で会えるでしょう。

ちなみに、この診療所だけを目当てに、波照間島を訪れる観光客はあまりいないはず、全国にある診療所を訪ね歩き記念写真を撮るという「診療所オタク」くらいだろう。

なお、波照間診療所の案内はこちらhttp://www.hosp.pref.okinawa.jp/sinryo/hateruma/hateruma.html

その後、宿に戻ってサインをお願いすると、とても気さくに応じてくれた。福岡在住のTさん、付き合ってくれてありがとうございました。Dscf2240_2 今度、波照間島に来るときは、白衣を持って来てください。

ぜひとも「Dr.コトー診療所 2007 波照間島編 」が実現されることを期待したい。

あっ、もう中島みゆきが歌う『銀の龍の背に乗って』が聞こえてきた。

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2006年12月14日 (木)

Dr.コトーが波照間島に…(2)

波照間診療所の前で、カメラに指示を出すADのオカピーさん(後ろがDr.コトー)。ADはDr.コトーのボディーガード役も兼ねる。主役に万が一のことがあってはならないからだ。Dscf2236_6

ここに来る途中、学校わきに青年会館(?)というくたびれた建物があったが、そちらの方が「Dr.コトー診療所 2007 波照間島編」にはふさわしいように感じた。

なお、この診療所の正式名称は沖縄県立八重山病院付属波照間診療所という。

(つづく)

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Dr.コトーが波照間島に…

今回2泊した民宿は、北部落にあるゲストハウスNAMI。

Dscf7951_4 この宿、素泊まりといいながら、島豆腐と、これでもかといわんばかりのサシミが出される。豆腐は手作り、サシミは獲れたて。だから、ビールがすすまないわけがない。缶が空になると、隣接する丸友売店に買いにいくということをくり返した。

2日目の夜、新客がいた。髪は少し短いものの、彼はDr.コトーに似ていた。そして白衣を着ていたら……。もしかして、お忍びで波照間島を訪れているのではないか……、そんな期待をしてしまう。

しかし、「似ていると言われるんですよ」と笑いながら自己紹介したのは福岡から来たニイニイ、Tさんであった。ある島では実際に、地元のヒトに吉岡秀隆に間違われ、拝まれたことまであったとか。

さて翌朝、NAMIに同宿した男4人は、Dr.コトーことTさんの散歩に同行させてもらうことになった。

Dscf2235_1
設定は、島の人に気づかれないよう早朝、ロケハンに出かけるスタッフと主役のDr.コトー――。

先頭を行くのがDr.コトー先生、そして番組スタッフ。もちろん、めざすはムシャーマ公園わきにある波照間診療所である。

仮題はDr.コトー診療所 2007 波照間島編 」――撮影好調、近日公開?――

(つづく)

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2006年12月13日 (水)

ブドゥマリ浜の上空

左手前の厚い森がプリブチ公園。RAC機から。

Dscf1549_7

   

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ブドゥマリ浜(大泊浜)へ抜ける道

目の前には西表島の島影。時おり高速船が横切る。ビーチを独占したければ、波照間港の東側に位置するこの浜へ。Dscf2151_3

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2006年12月12日 (火)

断崖マニアのいない秋の高那崎

やはり夏とは違う。さすが岩に貼りつく断崖マニアの姿はなかった。すこし寂しい。

Dscf2102

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水が湧き出すリン鉱山跡

かつて坑道の入り口と、水をたたえた池。プリブチ公園(下田原城跡)の手前にある。
島では、水が湧く場所は神聖な地でもある。

なぜかしら、心なごむ場所である。Dscf2155 夏にはここで涼みながらオリオンビールを飲むのもいいかもしれない。

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2006年12月11日 (月)

日の出

南部落からのながめ(方角は、波照間空港の滑走路南はしあたり) Dscf2226

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2006年12月10日 (日)

知事選のなごり

波照間空港入り口の電柱に貼られていたポスター。旅行者には目新しいので、嬉しくなってつい撮影してしまった。

保守系、革新系、諸派系の三人の争いだった。「保守」、「革新」といったことばは、本土では死語になって久しいが、沖縄ではまだ生きている。

で、この候補、全県での得票数は6220票。うち竹富町では29票を獲得。もちろん落選した。Dscf2168

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2006年12月 9日 (土)

ペンション最南端、2階の廊下側から

波照間港へ向かう一隻の白い船。

ここは地中海か――、こんな写真が雑誌のグラビアを飾
るかもしれない。でも、電柱がジャマだ。Dscf2032

*なお、写真はオーナーの許可を得て撮影させていただきました。ありがとうございま
した。

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2006年12月 8日 (金)

ペンション最南端、2階の部屋から

ここは2階にある東側の角部屋(201号室か?)。
2階は洋室。各部屋バス・トイレ付。ベランダでカメラに向かうのは島生まれのまえさん。Dscf2029

*なお、写真はオーナーの許可を得て撮影させていただきました。ありがとうございま
した。

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2006年12月 7日 (木)

牛マニアにはたまらない

道を遮る牛たち。もちろん牛が優先される。ちなみに、ここは黒島ではない。

波照間島・南部落から高那崎に抜ける農道にて。Dscf2057

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2006年12月 6日 (水)

飛び立つ“島の翼”アイランダー

定刻10時25分出発のRAC772便、石垣行き。Dscf2090 飛行機マニアでないが、この機体を見かけると思わずカメラを向けてしまう。“島の翼”石垣―波照間便の存続を願う。

ちょうど八重山毎日新聞12月6日づけのニュース。

RAC路線の存続訴え16日に住民総決起大会
 RACの石垣波照間線の存続を目指す「波照間の未来を考える会」(登野盛恒会長)は今月16日、公民館とともに島内で住民総決起大会を開き、路線存続に向けた大会決議を行う見通しとなった。(続きは→)
http://www.y-mainichi.co.jp/?action_article_show=1&article_id=6563

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幻のビーチを探して、光と陰

ペー浜の南にあるという幻のビーチを探したが、迷ってしまった。結局ペー浜からニシ浜に行き着いてしまうことに。

でも途中、見事な雲を見ることができた。さすが、この時期とはいえども波照間島は侮れない。

幻のビーチは次回の楽しみということにしよう。Dscf2120

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2006年12月 5日 (火)

ペンション最南端の南側と食堂

こちらはニシ浜の反対側の外観。忘れていましたが、こっちが南側だったんですよね。Dscf2025

Dscf2020 そして下は食堂。ニシ浜を見下ろす。毎晩、ここで楽しいゆんたくがおこなわれるのだろう。近く公式HPが公開されるとか。

(撮影は11月25日)

*なお、写真はオーナーの許可を得て撮影させていただきました。ありがとうございました。

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2006年12月 4日 (月)

海岸線にススキの穂

南の島といえども秋があることを感じさせられる風景。高那崎からペムチ浜に向かう途中。

「Dr.コトー診療所(波照間島編)」が制作されるとすれば、冒頭シーンはここだろう。空からのカメラは自転車に乗るDr.コトーを追う。Dscf2116

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2006年12月 3日 (日)

ペンション最南端のニシ浜側から

ベランダで夕焼けを見ながら、オリオンビールを飲みたい!

もし「Dr.コトー診療所」の特別版、波照間編が作られるとしたら、Dr.コトー先生(吉岡秀隆)をはじめ男優・女優さんの宿泊先はここになるだろう。きっと、妻夫木くんがいなくたって、柴咲コウも喜んで波照間に駆けつけるにちがいない。「涙そうそう」のカオル役、長澤まさみだって来てくれるかも…?。Dscf2022

*なお、写真はオーナーの許可を得て撮影させていただきました。ありがとうございました。

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仲御神島

島に来るとこの島影をチェックしてしまう。
西表島から南西約15kmの外洋に浮かぶ無人島。読み方は、「なかのおがんじま」と「なかのうがんじま」の二通り。Dscf2128

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ニシ浜―ペンション最南端の屋上から(2)

ペンション最南端の屋上には小さなステージが設置されている。島出身のオーナーの三線が聞けるかも。夏の夕日はたまらないだろう。
*なお、写真はオーナーの許可を得て撮影させていただきました。ありがとうございました。Dscf2037

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ぶりぶち公園(下田原城跡)

プチブルでなく、ぶりぶち公園。廃墟のようとか島の人でもあまり評判がよろしくないよう。
はじめて訪ねたが、(晴れていればだが)観光ポイントとしてお薦めかも。神聖な場所のひとつ。Dscf2144

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2006年12月 2日 (土)

ニシ浜―ペンション最南端の屋上から

ペンション最南端の屋上からの眺め。地中海のリゾートにいるよう。ぜひ、泊まってみたい!

部屋数は2Fが8部屋(洋室)、1Fが4部屋(和室)のようです。12月末、開業予定のようですが、はたして間に合うかな…

*なお、写真はオーナーの許可を得て撮影させていただいたものです。ありがとうございました。

Dscf2040

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波照間港でも凧揚げを

Dscf2141 別れの凧揚げ。
与那国島で知り合った仲間を港で、見送るオカピーさん(国仲涼子ファン)の勇姿。港の端から端まで走り続け、青春ドラマを演じてくれました。Dscf2106_2
で、見送られた方は――「いつまでも凧が見えてうれしかった」「島に戻りたくなった」「泣きそうになった」とか。
オカピーさん、感動ありがとう。また、どこかの島で会えるさ~。

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2006年12月 1日 (金)

高速船は島をめざす

ブドゥマリ浜へ下るあたりの周回道路から。バックは西表島。おそらく安栄観光の2便。Dscf2138

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高那崎で凧揚げを(2)

凧をあやつるのは、Oさんことオカピーさん。熱烈な国仲涼子ファンで、重度の八重山病患者。埼玉から来た。 Dscf2100_1

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2006年11月30日 (木)

寂しい南西部の海岸線、かなたに南波照間島の島影

島の南西部にあるソコナ溜池展望台からの眺め。このあたりは、あまり観光客が足を運ばない。
写真左がペムチ浜の方角。その手前にマトールワーと呼ばれるピテヌワー(御嶽=聖地=)がある。Dscf2053

ニシ浜に行かずに、まずここに訪れるヒトはかなりの波照間通であるはず。

この海の向こうには、南波照間島(パイパティローマ)があるはず。

*ピテヌワーなどに関しては「波照間あれこれ」を参考に。

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高那崎で凧揚げを(1)

ということで、これからはいつものゲイラカイトで。

ハイテク凧はよく揚がるが、「引き」がなく、努力して凧を揚げているんだ、という実感に乏しい。

凧も釣のように、「引き」の迫力がないと面白くないのかもしれない。Dscf2059

写真は東京から自転車で旅をするドラム奏者のY嬢。アルバイトをしながら春まで八重山で過ごし、そして日本海がわを通って北海道へ向かうとか。Dscf2110

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2006年11月29日 (水)

野良ヤギ

「おいしそう~」――。

ヤギ汁好きな地元のヒトがいたら、こう呟いていたかもしれない。

波照間で、首輪をしていないヤギを見るのは初めて。飼われていたヤギが逃げ出して、野生化したのもらしい。この周囲には、10匹ほどの野良ヤギがいた。近づくと、ものすごい速さで逃げていった。Dscf2163

写真は島の北東部にある古井戸、シムスケーのあたり。

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高那崎でハイテク凧に挑戦

今回は新しいハイテク凧、高那崎で「バイオカイト」に挑戦。Dscf2060_1

鳥類の形に倣った凧は、確かに楽に揚がった。高那崎の空に吸い込まれていく。

先端素材を使った糸も軽いので500メートル(本当かな?)、いやもっと高く揚げることもできるらしいのだが…Dscf2061_1

時間を間違えたら、石垣-波照間便(RAC=琉球エアーコミューター=)の運航を妨害してしまうので注意が必要。

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2006年11月28日 (火)

パワーをもらいに波照間島へ

11月末、波照間島に行ってきた。
ことし3回目、「波照間病」はかなりやばい状態だ。
土曜出発で月曜帰りの2泊3日、往路は沖縄超割、復路は旅割のチケットを活用。この時期、航空運賃はかなり安い。(写真上はDscf2001ブロッケンの妖怪である)
那覇で乗り継いで石垣着10時50分、離島桟橋に直行、いつものごとくマルハ鮮魚で生ビールを注文する。海空、船と飛行機、そして離島の島影を眺めながら、ここで飲むオリオン生は実に美味い! 身も心もとろけだす。

12時発のニューはてるまに乗り午後1時前には波照間に到着した。揺れはなかった。
港にはこの島出身で宿の手伝いに帰省していた、まえさんが迎えに来てくれていた。Dscf2015

天候は、3日間のうち2日目の朝に雷雨があったものの、晴れ続き、気温は28度もあり短パンとTシャツですごすことができた。

波照間に来るのに理由などないのだが、あえて強引につくるとすれば、高那崎で凧揚げをすることと、島に3つあるピテヌワー(崇高な御嶽=聖地=)の場所を確認すること、そしてまだ行ったことがない港ターミナルから東側の海岸線を訪ねることだった。

しかし、今回は想像もしていなかったある有名人に出会うことができた……(続く)

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2006年10月28日 (土)

波照間を撮影地にした映画

『神々の深き欲望』(今村昌平監督、1968年)
http://nihon.eigajiten.com/kamigami.htm

Pibd1251_l

学生のころ、三百人劇場か岩波ホールで観たことがある。もちろん再(再・再?)上映で! 波照間島がロケ地になったことは、パンフレットに書かれていたので知っていた。復帰前の沖縄。

かなりメッセージ性が強い、重苦しい映画だったと記憶する。波照間ファンにお薦めとは言いかねるが、背景だけ観るのもいいかも。

TSUTAYAで借りてこようか。

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2006年9月22日 (金)

もう乗れないかもしれない、アイランダー

RAC再び波照間線廃止検討/大盛町長 県に路線存続を要請

【那覇】琉球エアコミューター(RAC)が2007年4月1日から石垣-波照間路線を廃止する方針で調整に入っていることが21日、分かった。(八重山毎日新聞、2006年9月22日より、詳細はhttp://www.y-mainichi.co.jp/?action_article_show=1&article_id=5919

2004_0721_90064

これって地方の切捨て政策のひとつだろう。

アイランダーBN-2はとてもかわいい飛行機である。ナビィの島である粟国島―那覇でも搭乗したことがある。帰路つうじょうの定期便が欠航したにもかかわらず、臨時便の機影が見えたときには目が潤んでしまった。翼をゆらゆらさせながら降下してくるアイランダーが頼もしく思えた。

石垣―波照間路線の存続を切に願う。RACを応援したい。

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2006年8月24日 (木)

波照間脱出、安栄ファンにはたまらない

祭りの後

ムシャーマの後はとても寂しい。集落にヒトの姿がない。

「おにいさん、まだいたの~。明日は船が来ないかもしれないさ~」

ペットボトルを買ったとき、いきなり売店のオバアに言われた。接近する台風9号のため、観光客は3便か臨時便で帰ってしまったようだ。そういえば、照島荘のチームが、午後の部に参加していなかったことを思い出した。天気予報によると、明日(8月8日)の午後に強風域に入るらしい。

宿に戻りJALのHPを見ると、すでにこの時点でRAC石垣―波照間便の欠航が決まっていた。台風9号の東には、宮古島を直撃しそうな8号と、本土を狙う7号が。

980ヘクトパスカルの台風なんてたいしたことはないではないか。

「yosakoiさん大丈夫、海がしけて、明日は船が欠航するかもよ」美波のおねえが同じことを言った。遅くとも日曜日(8月13日)までに帰ればいいわけだし、波照間島で本格的な台風を体験したい気もする。2005_080820060136このあとバーベキューがはじまった。子どもたちは花火を楽しんでいた。

早朝、猛烈な雨が降りはじめた。

ニュー波照間は全便欠航

朝、精算を済ませ港へ行くと、おびただしいほどのヒトのむれがあった。雨にうたれながら、おそらく100人ほどか…。まるで難民を思わせる。といって、ぼろをまとった北朝鮮のひとではけっしてない。

ニュー波照間は全便欠航。

安栄1便は石垣を出航したものの、途中で引き返すかもしれない。

キップを売るみのる荘のヘルパーは、みのるおじいに、もう売るなと怒られている。ダメかもしれない…。

すると、安栄の1便はこんな荒れたなかほぼ定刻とおりに到着した。そして、もう一隻が姿を現した。

なんと、頼もしいことか! このあたり、安栄ファンにはたまらない場面かもしれない。荒れるなか2隻も出してくれた。容量はオーバーしたかもしれないが、積み残しなく安栄便は定刻より30分ほど遅れて出航した。たいした揺れではなかった。みのるおじい、ありがとう! また来る。

2006050

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2006年8月23日 (水)

ゲットした泡波3合瓶

この時期、「泡波」のミニチュア瓶が並べられていたのは、前集落のまるま売店だけだった。

【*注】写真は宿の看板をバックに記念撮影したもので、みのる荘やたましろのように、美波で泡波が振舞われるわけではない。

2006090

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2006年8月22日 (火)

波照間を舞台にした“密室”ミステリー

石垣島から南東へ貨物船で一昼夜――、そこに「幻奇島」がある。南大東島と波照間島の地理的イメージを合体させたものだろうが、巻頭に掲載された地図を見ると明らかに波照間島である。トラベルミステリーの巨匠、西村京太郎が売れる前の作品。いわば民俗(宗教)ミステリー。救いのないエンディングは南波照間伝説を彷彿させる。けっして波照間ファンに、おすすめできる作品とはいえないが…。

4198920990

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4198920990.htmlhttp://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4198920990.html

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2006年8月21日 (月)

波照間ファンにおすすめの一冊

『なんくるなく、ない――沖縄(ちょっとだけ奄美)旅の日記ほか――』(よしもとばなな著)の第2章にある「波照間島旅の雑記」は泣かせます。みのる荘やらパナヌファも登場。でも、これほどいろっぽい、よしもとばなな嬢の姿見たことない。写真は垂見健吾氏。

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http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101359261/sr=1-7/qid=1156266193/ref=sr_1_7/250-5758574-9627408?ie=UTF8&s=books

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2006年8月19日 (土)

ムシャーマ(6)

2006119

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ムシャーマ(5)

2006121

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ムシャーマ(4)

2006117

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ムシャーマ(3)

2006080

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ムシャーマ(2)

2006079

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2006年8月16日 (水)

ムシャーマ

東組のミルク(ムシャーマ当日の朝)

2006072

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2006年8月15日 (火)

日の入り④

日没後、ニシ浜側を眺める

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日の入り③

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日の入り②

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日の入り①

ニシ浜の沖から。

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2006年8月14日 (月)

ニシ浜沖、サンセットクルージング

波照間港から午後7時ころ出航。この日(8月6日)の日没は7時半ころ。ニシ浜沖で日没を観賞。所要時間は1時間すこし。料金は1500円、お得感あり。

なお、この船(第八かな丸)は安栄観光など全便欠航したとき、どうしても帰らなければならないヒトのために、石垣島へのチャーター船としても使われるという。びしょぬれになることを覚悟しなければならない。一度試してみては。

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2006年8月13日 (日)

ニシ浜

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やっぱここでしょう!(ニシ浜)

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2006年8月12日 (土)

ムシャーマの練習③

素泊まりハウス美波にお世話になりました。

本番(8月7日)の二日前の夜。↓美波のHP

http://homepage2.nifty.com/minami85/index.html

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ムシャーマの練習②

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ムシャーマの練習①

Photo_6 みんなが鑓を持っているのは、武装蜂起のためでない。祭りのためだ。

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波照間島・高那崎の凧揚げマニア(その3)

愛知から来たY嬢、凧揚げにつき合っていただきました。ありがとうございます。

(高那崎・凧揚げ隊)

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波照間島・高那崎の凧揚げマニア(その2)

さきほどの断崖マニアの大学生に、凧揚げにつきあってもらった。すっかり、凧揚げマニアにっていた。2_1 ひとり旅の彼、この日(8月7日)の3便で石垣に渡ったという。(高那崎・凧揚げ隊)

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波照間島・高那崎の凧揚げマニア(その1)

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高那崎での凧揚げは2回目。東海上には台風があるため、これまで体験したことのない角度で揚がっていく。

今回の教訓――高く揚げたいなら、台風接近中をねらえ!

しかもフィリピン側に揚げたいなら、波照間の東側に台風が接近し「北風」が吹いているときである。

これおすすめ、高那崎の凧揚げマニアには…

でも危険なので実行しないように!

(高那崎・凧揚げ隊)

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高那崎に貼りついた謎のニイニイ

カエルのようなカッコウで、高那崎の断崖から身を乗り出しているのは、大阪から来た大学生(4回生)のUさん。

けしって人生を悲観して飛び込もうとしているわけではない。

高那崎の断崖が好きで好きでたまらない、という「断崖マニア」。就職活動がんばれ!

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断崖絶壁がたまらない! 高那崎

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2006年8月11日 (金)

また来てしまった波照間島

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2006年8月10日 (木)

波照間への道(3)

▼着陸2分前、高那崎、空港が見えた

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波照間への道(2)

▼波照間港ターミナル上空、ニシ浜と建設中のペンションが見える

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波照間への道(1)

▼小浜島・細崎の上空

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2006年6月 1日 (木)

「1升瓶」ゲット!(波照間島・番外編)

泡波(製造・波照間酒造所)の1升瓶をゲットした。決して、みのる荘の床の間に置かれていたモノ004_1 を、失敬してきたわけではな い。もちろん、合法的に入手したのだ。

八重山の某所で見つけて、ついつい買ってしまった。値段は秘密にするが、那覇・国際通りの相場の半分以下。かなり安かった、とだけ書いておく。「家宝」するつもりだ。

30年寝かせて、古酒を味わいたい。

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2006年5月29日 (月)

梅雨入り宣言(波照間島8)

翌朝、目を覚ますと5時半、風の音がすごい。庭に出ると、雲が勢いよく流されていくのが見える。 台湾南にある台風1号の影響なのだろうか。

そこに、洗濯中のオバアが顔を出した。島の女性は働きモンである。「北風さ~」

島のヒトは風向きに敏感である。要注意なのが北風と北東から吹く風で、潮の流れとぶつかりうねりを生む。海はしけるのだ。

今日、石垣―波照間便は飛ばないのでは、安栄の高速船も欠航かもしれない…、と不安がよぎDscf1425る。「なんくるないさー」楽観的に考える。

ヨメが起きて、散歩に行くと、コート盛の方からMオジイが現れた。聞いてもないのに「毎朝、マラソンで、ここを2周しているさー」と勝手にしゃべりだす。今日の飛行機が飛ぶかを尋ねた。

「このくらいの風なら大丈夫さー。霧がかかっていないからね」空港でも働くオジイに、こういわれると心強い。風でなく、波照間空港は霧に弱い。(台風時以外の欠航のほとんどは視界不良による欠航である)

「あとで、空港に連れていくからね」またまた、いい感じで言った。その後、空港に向かうクルマのなかで、ニシ浜のそばにできるペンションのことや、新しい家の一部を宿としてつかうために行政との対応に苦労したことなど、話してくれた。

Dscf1426強い風に吹かれ翼を上下させながら、一生懸命に頑張って下降してくるアイランダーの機影が見えた。波照間着9時55分のRAC771便である。

小雨がぱらつくなか、アイランダーに乗り込む。この便は満席(定員9名)だった。ぼくたちの座席は2Aと2B。パイロットの後ろである。「また来る!」オジイや見送りのヒト(美波のおかあさんも来ていた)に手を振った。感傷にひたる間もない。

Dscf1430 定刻の10時25分、滑走路の南から離陸、島を回ることもなくいっきに上昇、石垣へ向かった。陽ざしのない八重山の島は寂しそうに見えた。(このころ=5月14日午前10時=沖縄地方の梅雨入りが発表されていた)

この項=波照間島=終わり

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2006年5月27日 (土)

“M御殿”に泊まる(波照間島7)

波照間島2泊目。この日の宿は、「みのる荘」である。

受付を兼ねた食堂で、手続きを済ますと、ヘルパーさんにつれて行かれたのは、なんとMオジイの豪邸(通称・みのる御殿)だった!

確かに波照間には、似合わない豪邸かもしれない。(オバアによると、この建物震度7にも耐えるという。だから、何なんだと突っ込む)

ぼくたちの部屋は、庭に面した1階角部屋、10畳ほどの新しい和室。もっと驚いたのは、床の間には泡波1升瓶と2.5升瓶(4.5リットル)が置かれていたことだ。さすがに、南の島だから、トラ(あるいはクマ)の毛皮とかはなかったが…。

もし、ぼくが盗人(本格盗賊=池波正太郎著『鬼平犯科帳』より=)だったら、泡波の中身を入れ換えて、翌朝こつぜんと姿を消していただろう(泡波1升瓶の那覇・国際通りの相場は3万円)。

この部屋に泊まれるのは、オジイに一目置かれ、ぼくがVIP待遇されたからなのか――。それは壮大な勘違いで、オーバーブッキングであったのだ。夜、Mオジイに会うと、ぼくのことをすっかり忘れていた。「たくさんのお客が来るからさー」といい感じでいう。

ちなみに、1階には広い応接間(共同スペース)と、和室が5部屋ある。そのうち(もちろん竹富町の認可を受けて)3部屋を宿として貸しているのだという。

夜、風が強くなった。

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2006年5月22日 (月)

ギンギン・ギラギラ(波照間島6)

ニシ浜から、美波へ戻る。午後2時過ぎ、集落にヒトの姿はない。共同売店も閉まっている。島では昼寝の時間だ。日の強さは殺人的である。

シャワーを浴び、その合間に洗濯をした。干すと、ものすごい勢いで乾いていくのが分かる。宿の精算をすませ、テラスでダラダラ過ごすうちに、Tシャツは完璧に乾いていた。

「待っててね。空港から戻ったら(今日の宿に)送ってあげるからね」と、美波のおかあさんは言った。

空港に向かう所沢ニイニイを、見送る。SFC会員で美波リピーターでもある彼はRAC午後便で石垣に渡り、那覇発の羽田行きの最終便で帰るのだという。

いま、ぼくたちが、宿の留守番役である。宿と客の境が曖昧である。こんなところも、八重山(離島)の魅力である。

しばらくすると、美波のおかあさんは、この日の宿(みのる荘)に送ってくれた。

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トロトロと泡波が飲める港へ(波照間島5)

Dscf1408 波照間2日目。朝、冷蔵庫に入れておいた石垣で仕入れた焼肉弁当に、生卵をぶち込みフライパンで炒めると、豪華なチャーハンに変わった。ヨメがほめてくれた。

今日も、もちろんトロトロと過ごす。気のせいか昨日よりもすこし雲が多いように感じられる。が、天気は晴れである。(いよいよ、台湾の南にある台風1号が影響しはじめたのだろうか、この日ついに西表の島影を見ることはできなかった。)

正午前に、港のターミナルにある食堂「海畑(いーのー)」へ行き、生ビールを注文。ここは1杯300円で泡波(ロック)が飲めるお店だ。

(ちなみに、泡波1杯の東京の相場は1500~4000円! もっと高い店もある。仮に1500円にしてもその差額は1200円。つまり6杯飲めば高速船の往復運賃は取り返せるし、11杯飲めばRAC往復料金が回収できるわけだ…)。

ゆで卵をつまみに、ジョッキを傾ける(←飲んでばかりではないか!)。高速船が到着する時刻には間があるためか、あいにく泡波(1号瓶)が買える土産屋は閉まっていた。ここで少々自分をいましめる。「波照間に、泡波を買いに来たわけではない、癒されに来たんだ」

Dscf1414 しばらくすると、港に「フェリーはてるま」(波照間海運)が入港。下りて来た乗客は二人ほど。この船はあくまで貨物用なのだろう。

そして、強い日差しのなか、トロトロと再びニシ浜へ向かった。

*なお、波照間港ターミナル内に、波照間海運(本社・沖縄県石垣市)の手書きの社員募集広告が貼られていた(写真撮り忘れ)。すこし考えこんだ…体力のないぼくではダメだろうな。

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2006年5月21日 (日)

南十字星が見えるかも(波照間島4)

ニシ浜から、宿「美波」に戻った。

Dscf1404 ぼくたちの部屋は2号館。センスがいい。キッチンを含め10畳ほどのトレーラーハウスに、食卓テーブル、冷蔵庫、テレビ、シングルベッド2台などが置かれている。炊飯器をはじめ調理器具がそろっている。キッチンには油、塩・コショウ、ショウユも用意されている。食材があればいくらでも料理ができる。

Dscf1406 なにより、オーナーのおかあさん(島生まれ)が素敵である。はっきりいって、正解だった。またお世話になりたい。

当初、波照間では毎回お世話になった「みのる荘」に2泊する予定だった。Mオジイにも再会したかったし。しかし、出発2週間ほど前、今年できた民宿、素泊まりハウス「美波」のHP(http://homepage2.nifty.com/minami85/index.html)を見てから、泊まってみたくなった。運よく1日目が空いていたので予約をいれ、みのる荘の1泊分をキャンセルした。

ちなみに、波照間では今年になってから2軒の宿が新たに開業した。美波と、もう一軒はMオジイの豪邸隣にできた「うるま屋」だ。さらに夏から秋にかけて、ニシ浜の上にこの島初のペンションが開業予定である。(このニシ浜のペンション建設計画は20年前からあったという。最終日、空港に送ってくれる途中、Mオジイは話してくれた。)

さて、シャワーを浴びたあとテラスで、オリオンビールで乾杯。雲がなくなっていた。今日なら、星空観測タワーに行けば南十字星を見ることができるだろう。

この日、同宿となった所沢ニイニイと岐阜ネエネエと、深夜まで宴会をした。つまみは、羽田で買った空弁「焼きさば寿司」と、焼き鳥やさんまの蒲焼の缶詰など。

翌朝、気がつけば、八重泉3合瓶、オリオン9缶、「泡波」ミニチュアボトル7本が空になっていた。

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2006年5月18日 (木)

ニシ浜に再会(波照間島3)

このDscf1400日の宿「美波」に荷物を置いて、レンタサイクルを走らせる。めざすはひとつ。島の北側にあるニシ浜だ。

スロープを下ると、胸詰まる、あのすごいビーチが見えてきた。

…また、ここに来た! しかも晴れた日に。 幸運に感謝する。

日が傾き始めているが、白い砂Dscf1402浜が、目にまぶしい。

西表島の島影がくっきり浮かぶ。すこし左へ離れたところに、仲御神島(なかぬうがんじま)も見える。

海は凪いでいる。

晴れたニシ浜は2年ぶりである。昨年の夏は台風が去った直後で、海は濁っていたっけ。

*この数日後、この場所で、修学旅行生が流されるという海難事故Dscf1403が起きた。「修学旅行高校生 高波に3人さらわれ、1人救助1人死亡、1人不明に」(八重山毎日新聞、2006年5月18日)

http://www.y-mainichi.co.jp/article.php?id=4812

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2006年5月17日 (水)

トロトロと体重計へ(波照間島2)

当初は竹富島に渡り、戻ってから石垣空港に行く計画だった。「こんなに晴れているなか竹富へ行ってしまったら、波照間の感動が薄れてしまう」ということで急遽変更。

730交差点を起点に市役所通り、あやばにモールをトロトロと歩く。

来るたび訪ねる石垣牛の焼肉屋「たけさん亭」でランチを注文、今夜の宿が素泊まりであることを思い出し、持ち帰りの焼肉弁当を作ってもらった。(正解だった。この弁当は翌朝、チャーハンに変身した)

伊良部島の泡盛「宮の華」の古酒と、少しの食材を仕入れ、空港へ戻った。

Rackeijibanndscf1367 これまで波照間便は午前の1便だけで毎日運航されていたが、今年4月から週4日(火・金・土・日)2便飛ぶ体制に変わった。週7便から週8便に増便となったわけだ。

こんな具合だ。

RAC771便   石垣発09:30→波照間着09:55

RAC772便   波照間発10:25→石垣着10:45

RAC773便   石垣発15:15→波照間着15:40

RAC774便   波照間発16:10→石垣着16:30

搭乗1時間前――。荷物を預け、計量機に乗り、手荷物を持って重量を量る。座席は3Aと3Bに決まった。乗客は6名。ぼくたちと地元のおばさんが二人、そして一人旅の女性が二人。

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大型機の発着のない合間に、アイランダーは離陸した。

竹富島上空から小浜島をかすめ、左手に黒島。そして新城島(パナリ)上地、下地を過ぎ、いよいよ外海を渡る。波照間の島影が見えてくる。目がウルウルになってしまう。もっと向こうには、南波照間島(ハイパティローマ)がきっとあるはずだ。

アイランダーは島を反時計回りして、南側から進入するコースをとった。ニシ浜からペムチ浜へ抜けると、そして高那崎が迫る。ファイナル・アプローチ。眼前に滑走路が延びる、そして着陸。

午後の日ざしのなかでの20分間の飛行。大人普通運賃7060円、往復割引6420円、マイレージ(JAL)Dscf1396がつかなくても結構、(とくに午後の)石垣―波照間便、乗るだけの価値はある。この離島便、いつまでも存続してほしい。がんばれRAC(琉球エアーコミューター)!

*なお、アイランダー機からの写真は、波照間島2006年5月のアルバムを見てほしい。余計な文章はいらないと思う。

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2006年5月16日 (火)

離島便みんな頑張る(波照間島1)

Ana117_ 石垣空港で荷物を受け取ると、JAL(JTA)側の出発ロビーへ急ぐ。(JTA=日本トランスオーシャン航空=というよりも、沖縄の翼「南西航空」と呼びたい。かつて那覇空港で、あのオレンジの翼を見るたび、にいま沖縄に来たんだと実感したものである)

さして出発時刻が迫っているわけでない。午前の波照間便(RAC=JTA=771便、石垣9時30分発)が欠航しなったかを確認するためである。掲示板には出発済みの文字が。「…よかっDscf1358た!」 そういえば、到着したとき、滑走路わきには、アイランダーBN2の姿がなかったではないか。(乗客9人乗りのアイランダーは働きモンである)

荷物をロッカーに預け、タクシーで離島桟橋に向かった。目指すは「マルハ水産」、離島航路の船を見ながら、サシミや揚げ立てのてんぷら(フリッター)をつまみに、オリオン生ビールが飲めるお店だ。

西表島の島影が鮮明に見える、手前には竹富島が。こんな晴れはひさびさだ。雨や曇の八重山はとても寂しい。南にある高気圧が、がんばっているのだ。梅雨入りの前線を押し返してくれ。

Dscf1359竹富島、小浜島、黒島行き。あれは西表島・上原、大原、鳩間島…。一目おかれる波照間78便(安栄)を見つけると涙ぐむ自分がいた。

そして安栄観光、八重山観光フェリーなど(もちろん波照間海運も)、みんな頑張っているんだ。こう思うとまたまた涙がこみ上げてくる。

春の選抜では、八重山商工も頑張った!

オリオンの大ジョッキで乾杯!

時計を見ると10時30分、アイランダーが波照間空港を出発した時刻だった。

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