「なんで、日の丸なのかしら」
新しい宿、ゆったいに連泊していたダイバーのねぇねぇは疑問を口にした。
そう、以前から不思議に思っていたのは、このムシャーマには日の丸(日章旗)が目立つことだ。
なぜ、日の丸なのだろうか。ぼくは、日の丸の存在を嫌悪するものではない。オリンピックの時など嬉しく思う。
波照間に行く前、資料をいろいろ漁っていた。すると、ある記事を見つけた。
南西航空テスト飛行 波照間中学訪問飛行 1967年06月28日
後日、新聞社に送られてきた投稿である。
日の丸機バンザイ 波照間中学校2年・KK
私たちの住む波照間は日本の最南端にあり、ハワイと同緯度にあります。石垣島と遠く離れているため交通がとても不便で、いろいろな面に不自由を感じ数々の苦しいことが島からあふれ出るほどです。
都会に住む皆さまは、こんなにも日の丸に対して愛着を示している孤島の私たちの存在をどれだけの方が知っていらっしゃるでしょうか。
私たち全生徒がバンザイの人文字をつくり、手に小旗をもって待ち受けるなか、6月28日午後1時45分、島の北方に消しゴムほどの黒点が見え、グングンと大きくなってきました。
とうとう来てくれたんだ。日の丸機が姿をあらわしたんだ。私たちはそれぞれあッ日の丸機だ、バンザイ、バンザイと大声でさけび、小旗を振りつづけました。私の胸はあつくなり涙が頬を伝わって流れ落ちました。おじいさんおばあさんは小旗を振る振ることも忘れ、グッと小旗を握る手に力がはいり、しわくちゃな顔に二筋三筋涙のあとが残っていました。みんな祖国への郷愁にひたることが出来たのでしょう。本当になんとも言えない感激の一瞬でした。
機は島の上空を3回旋回し最後に両翼を何度も振りながら青空の彼方へと爆音を残して遠ざかって行きました。私たちは深い感動につつまれました。「私たちも同じ日本人だ」と心の中で皆んな思ったことでしょう。
早く波照間にも日の丸をつけた飛行機が就航できるよう祈ってます。
(沖縄タイムス、1967年7月9日、掲載から要約)
本土復帰への願望、ムシャーマでの日の丸はその名残だったのか。そう自分で納得してみた。はたして、正しいのだろうか。島のヒトの意見を願います。ちなみに投稿者のKKさん(女性)は、mishikoiさんの5年後輩で現在石垣在住とのことだ。
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