2009年9月24日 (木)

ステルス機

Dscf6621 「おっ!おっ!すっげー! ステルス機が見えるぞ~!」
けっしてヤンキーのことばでない。備えつけの双眼鏡をのぞいていたオヤジが叫んだ。とてもうれしそうだ。「ステルス機というのは、レーダーに捕えられないんだなぁ。見えない戦闘機…」蘊蓄がはじまった。
ここ「道の駅かでな」からは、広大な米軍飛行場が見下ろせる。
さまざまな政治的な問題をかかえた地であることは少しは知っているつもりだ。
ぼくは軍事オタクでも戦闘機マニアでもないが、この場所に一日いても飽きることはないだろう。ということは、けっきょく戦闘機マニアなのだろうか。
写真、滑走路のはるか奥にステルス機が駐機していた。Dscf6622

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2009年9月23日 (水)

なまめかしいネコ

読谷村にあるオーガニック・レストランで見かけたネコ。なんとも艶かしいというか、エロチックなネコだった。Dscf6590

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2009年9月22日 (火)

カベール岬に至る道

細長いかたちの久高島には、集落から東へ延びる基幹道路があるだけ。しかし島を周回する道は、自動車が乗り入れるには厳しい悪路である。所どころに聖地があるから、道路をつくるのが難しいDscf6581 のだろう。基幹道路とはいえ、東端のカベール岬に向かう途中からは舗装なしである。

下写真は、ロマンスロードわきにある海岸。Dscf6578

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2009年9月21日 (月)

クモの巣だらけ

久高島を周回する道は、クモの巣だらけだった。レンタサイクルで走っていて、顔に貼りついて、何度転んだことか。
那覇から2時間ほどの距離なのに、自然の濃度がまるで違う。
観光化されていないことはよそ者の旅行者には嬉しいが、はたして島のヒトにとってはどうなのだろうか……。Dscf6566

ブログで神の島、久高島を紹介すること事態罰あたりなのかもしれない。Dscf6574

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2009年9月20日 (日)

痛いほどの神聖さ――久高島・クボー御嶽

久高島を訪ねるため、対岸にある安座真港(南城市=旧・知念村)まで来たものの、雨のため渡航を諦めたことが何回かあった。
ついに、久高島を再訪することができた。
静寂のなか、ぴりぴり痛いほどの神聖さが感じられるのは、かつてのまま。
まず、クボー御嶽をめざす。
以前、道に迷って、気がつけばクボー御嶽にたどり着いていた記憶がある。御嶽の核心部に、深く入り込んでいたのだ。導かれたのだろうか……。
しかし現在、クボー御嶽は完全な立ち入り禁止になっていた。Dscf6565
地元のヒトに聞けば、ボランティア(NPO法人)と称する団体が掃除に来て、クボー御嶽の木を伐採して帰ったことから、以来立ち入り禁止になったという。

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2009年9月19日 (土)

久高海運

久高島に上陸するのは、二度目。“沖縄病”になったのはここだ。船の時刻表。Dscf6936

初めて訪ねたときは、フェリーだけだったが。

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2009年9月17日 (木)

絶景カフェ

まさに絶景! ここに露天風呂があったらなぁ~、という願望は神の島を前にして失礼である。手前にある浜があざまサンサンビーチ、右奥に浮かぶ島影が久高島。Dscf6553

絶景カフェ、沖縄まんまるカフェから。

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イザイホー「神の島」へ

那覇からクルマで40分ほどで着いてしまう。安座真港(南城市知念)から高速船で、久高島に向かう。所要時間は約15分。石垣島から竹富島ほどの距離だが、Dscf6555自然の濃度はまるで違った。 もっと、濃かったのだ。Dscf6560

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2009年9月16日 (水)

思いっきり飲める?

これで駐車禁止でのレッカー移動の心配もなく、思いっきり飲める! はて、どやって帰るのだろう。ぐっすり眠ってからか、運転代行サービスか?Dscf6541_2  那覇・奥武山公園駅の周辺にて。

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初体験、沖縄ウニ

沖縄でウニといえば、7月の古宇利島だけだと思い込んでいたが、間違いだった。
オーガニックイタリアンの店てだこ亭のIさんに連れて来てもらったのが、泡盛マイスターの店カラカラだった。那覇・国際通りの裏にある。ここで初めて沖縄のウニを口にした。この日のウニは、勝連産だという。ご飯にぶっかけてウニ丼にしたい、そんな欲求にかられた。さすがIさん、いい店を知っている。
オーナーNさんから泡盛の話を聞きながら、古酒でウニを味わう。Dscf6539 Dscf6538もちろんメニューには「泡波」がありました。

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2009年9月15日 (火)

ブーゲンビリアに似ているが

竹富島の集落で見かけた花。ブーゲンビリアとはすこし違う。そばにいたオバァに花名を教えてもらったのだが、忘れてしまったthinkDscf6919

Dscf6922

八重山の項、これにて終わり。

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2009年9月14日 (月)

禁断の朝ビール

波照間から戻った翌日は竹富島へ。集落を抜けて、西桟橋をめざした。向いには西表島の島影が望める。Dscf6903
ここは竹富島に投宿後、夕方、夕陽を見に来るところだが、日帰りのため午前中に到着してしまった。
島の売店で購入した冷え冷えのビールを開けた。そう禁断の朝ビールである。
そしてツマミは、石垣牛の牛丼弁当。Dscf6913 この弁当あたりだった。

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石垣の夕日だって凄いぞ!

波照間の海、空を見たあと他の八重山を訪ねるとどうも感動が薄い。初めて旅行される方は、まず石垣島を堪能したあと、他の離島に行くことをお勧めしたい。そして波照間へ。感動の連続がまっているはずだ。写真は、石垣島のまえさんの自宅2階からの夕日。昨日、美波の会で、出席者Dさんに写真をほめられ、気をよくして。Dscf6638

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2009年9月13日 (日)

○○○のビーチ

通称、○○○ビーチからの夕焼け。かなりメジャーになってしまったようで、昼間にはダイビングを体験する十数名が来ていた。Dscf6657

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凧を揚げる少女 in HATERUMA

時をかける少女~♪でなく、凧をあげる少女~♪。おじさんギャグですみませんcoldsweats01 きび畑でつきあってもらいました。Dscf6680ありがとう。

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2009年9月12日 (土)

ハテルマブルー

やっぱ、これを見なくては――。Dscf6855

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2009年9月11日 (金)

日の出まで○分

ムシャーマの翌朝、高那崎に向かう。東の空に後光が現れた。Dscf6790
空港わきに行くと、起き出したヤギの家族が、早くも草を食べていた。Dscf6801

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2009年9月10日 (木)

ムシャーマと日の丸

「なんで、日の丸なのかしら」
Dscf6706 新しい宿、ゆったいに連泊していたダイバーのねぇねぇは疑問を口にした。
そう、以前から不思議に思っていたのは、このムシャーマには日の丸(日章旗)が目立つことだ。Dscf6691

なぜ、日の丸なのだろうか。ぼくは、日の丸の存在を嫌悪するものではない。オリンピックの時など嬉しく思う。

波照間に行く前、資料をいろいろ漁っていた。すると、ある記事を見つけた。
南西航空テスト飛行 波照間中学訪問飛行 1967年06月28日
後日、新聞社に送られてきた投稿である。

日の丸機バンザイ 波照間中学校2年・KK
 私たちの住む波照間は日本の最南端にあり、ハワイと同緯度にあります。石垣島と遠く離れているため交通がとても不便で、いろいろな面に不自由を感じ数々の苦しいことが島からあふれ出るほどです。
 都会に住む皆さまは、こんなにも日の丸に対して愛着を示している孤島の私たちの存在をどれだけの方が知っていらっしゃるでしょうか。
 私たち全生徒がバンザイの人文字をつくり、手に小旗をもって待ち受けるなか、6月28日午後1時45分、島の北方に消しゴムほどの黒点が見え、グングンと大きくなってきました。
 とうとう来てくれたんだ。日の丸機が姿をあらわしたんだ。私たちはそれぞれあッ日の丸機だ、バンザイ、バンザイと大声でさけび、小旗を振りつづけました。私の胸はあつくなり涙が頬を伝わって流れ落ちました。おじいさんおばあさんは小旗を振る振ることも忘れ、グッと小旗を握る手に力がはいり、しわくちゃな顔に二筋三筋涙のあとが残っていました。みんな祖国への郷愁にひたることが出来たのでしょう。本当になんとも言えない感激の一瞬でした。
 機は島の上空を3回旋回し最後に両翼を何度も振りながら青空の彼方へと爆音を残して遠ざかって行きました。私たちは深い感動につつまれました。「私たちも同じ日本人だ」と心の中で皆んな思ったことでしょう。
 早く波照間にも日の丸をつけた飛行機が就航できるよう祈ってます。
(沖縄タイムス、1967年7月9日、掲載から要約)Dscf6930

本土復帰への願望、ムシャーマでの日の丸はその名残だったのか。そう自分で納得してみた。はたして、正しいのだろうか。島のヒトの意見を願います。ちなみに投稿者のKKさん(女性)は、mishikoiさんの5年後輩で現在石垣在住とのことだ。

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2009年9月 9日 (水)

ムシャーマ

Dscf6687 3年前のムシャーマでは、泊まった素泊まりハウス美波のご厚意で南部落の行列に参加させてもらった。演目は子供エイサーだった。Dscf6701
祭りは参加するものである。しかし祭りの全体像がいまひとつ分からず欲求不満だったので、今回のムシャーマでは観る側に徹することにした。ムシャーマに、島のヒトがかけるエネルギーは半端でない。Dscf6712

ただ、ひとつ不思議に思っていたことがある。(続く

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2009年9月 8日 (火)

ホラ貝生き地獄

同じ日に泊まったお客さんが、ニシ浜わきで大きなホラ貝を採取してきた。生きたホラ貝を目にするのは、ヨロン島以来2度目だ。
この貝は、生で食してはいけないようで、中身を取り出してから茹でてから調理するのがいいらしい。さすが島のヒトは詳しい。
中身を取り出すために、天井から吊るす【写真上】。それは、まるでSMのよう。といって、ぼくは体験したことはないのだが。Dscf6646
ムシャーマ前日の夕食に、ホラ貝のサシミを食った。ビールがすすむ、うまかった。Dscf6682
その後、“主人”をうしなった貝殻は、はらわた部分を除去するために、ニシ浜から運んできた砂のなかに埋められた。きれいな装飾品にかわるにはすこしの時間が必要だ。

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